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飯島利一

Author:飯島利一
授業づくりJAPAN(日本の誇りと歴史を伝える授業づくりの会)は独立国日本の再建を志す教師の会です。誇りある日本人を育てる授業を実践し、全国の同志と支え合います。国を思い先人に感謝し卑怯をにくむ日本人、日本人の自由と真実を守るために戦うことのできる日本人を育てます。

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高等学校 歴史と文化の授業

〈授業展開2〉祝日法の制定とGHQの占領政策

◎祝日が定められたのはいつ?
 その1では、祝祭日が、文化的かつ歴史的な意味をもち、世界中の国でとても大切にされていることを確認しました。
 それでは、日本の場合はどうでしょうか。例えば建国記念日を、国民全体でお祝いするという雰囲気はありません。また、日本の祝日は日本らしさに乏しく、無国籍的だとも言われます(せいぜい天皇誕生日くらい)。さらに、日本では制度上、祝日のみで、伝統的な信仰に基づく祭日がないのです。どうしてこのような状態に陥ったのでしょうか。我が国の祝日の成立について考えていきましょう。まず、次の問題に挑戦してください。

〈問題2〉現在の祝日は、これまでに何度か変更してきましたが、基本的な制度は、いつできたのでしょうか。次の中からイメージでこれと思うものを答えてください。
(イ)平安時代 
(ロ)江戸時代
(ハ)明治時代 
(ニ)昭和時代


 正解は(ニ)です。我が国の祝日は、長い歴史とともに時間をかけて、制度化されてきたとイメージする人もいるかもしれません。たしかに祝日の起源をたどれば、その出発点は見方によって弥生時代ころにまで遡ることができるでしょう。
 しかし、現代における祝日の枠組みは、昭和の時代に入ってから。とくに重要なことは、日本が戦争に敗れ、GHQ(連合国軍総司令部)によって占領されたときに定められたことです。

【ポイント2】
昭和23年 祝日法の制定
GHQの占領期→「民主化・非軍事化」による日本社会の改造…神道指令


 現在の祝日は、祝日法という法律によって制定されました。いまだGHQの占領期である昭和23年ことです。

占領期にGHQは、「民主化と非軍事化」を実現しようと、さまざまな政策を実施しましたが、それらは、日本がアメリカにとって二度と脅威にならないように、日本の社会を改造し、日本独自の文化的・社会的な価値観・思想など、日本人そのものをつくりえてしまおうというものでした。

 その諸政策の一つに神道指令があります。この指令は、日本の伝統的な神道や皇室に関わるものを国家から排除しようとするものでした。祝日法の制定は、この神道指令に基づいて定められたのです。

◎祝日法の成立事情
それでは、GHQの占領下で、具体的に祝日がどのように定められたのかを考えてみましょう。

まずは、昭和22年12月のことです。GHQ民政局の宗教課長バンスが、従来の祝祭日を全面的に見直しさせ、とくに神道・皇室祭祀に関する祭日は廃止させ、祝日のみに一本化するよう日本政府(片山内閣)に指示しました。

これを受けて、政府が、政令によってあらたな祝日を制定しようと検討をはじめました。しかし、国会で一部の識者が、政府の政令によって決めることに反発しました。国民を尊重する意味で、国会が決めるべきだと主張したのです。

国会はGHQの了承をえて、まず、祝日に関する世論調査を実施しました。国民がどのような祝日を望んでいるか、世論調査によって明らかにしようとしました。世論調査の実施の結果、国民が選んだ祝日は、どのようなものだったのでしょうか。

〈問題3〉世論調査の結果、次の中で国民が最ものぞんだ祝日はどれだったでしょう。
 (イ)終戦記念日
 (ロ)平和の日
 (ハ)こどもの日  
 (ニ)建国記念の日


意外に思う人も多いと思いますが、じつは建国記念の日。世論調査で81.3%の国民がこの日を選んだのです。したがって(ニ)が正解です。

建国記念の日は、戦前には紀元節といわれ、『日本書紀』によれば初代の神武天皇が即位した日で、日本が建国された日にあたるのです。紀元節には、多くの国民が建国を祝って過ごしたと言われています。

【ポイント3】
 建国記念日 世論調査81.3%
 紀元節=『日本書紀』神武天皇の即位の日 …国民に親しまれていた記念日


世論調査を受けて、国会では国民のが慣れ親しんだ、戦前からの祝祭日をなるべく多く残そうと努力がはらわれました。たとえば、明治節(11月3日・明治天皇の誕生日)が文化祭(衆議院)・憲法記念日(参議院)。新嘗祭(11月23日)が新穀祭(衆議院)・成人若人の日(参議院)などです。

本来なら国権の最高機関である国会で決まれば制定されるはずです。しかし当時はGHQの占領下なのです。国会で定めても、GHQがどのように判断するかが問題です。

〈問題4〉国会の案に対して、GHQはどのような反応をしたのでしょうか。
 (イ)祝日の制定は日本の国内問題であり、GHQとしては関知しない。
 (ロ)GHQの方針は民主化にあるので、国民がのぞむ記念日であれば承認する。
 (ハ)GHQの占領方針と合わない記念日があるから、了承できない。


 正解は(ハ)です。しかも占領方針と合わないとされたのは、国民が最も望んだ建国記念日でした。GHQの占領の目的が、本当に日本の民主化であれば、(イ)(ロ)のような判断が妥当です。当時の戦時国際法(ハーグ陸戦法規第四三条)でも、占領下の国のあり方を変えることは禁じられていました。しかし、GHQは、国民がもっとも熱望した建国記念日を認めませんでした。さらに、この法案文の一部「正しい伝統を守りつつ」という表現を削除するように要求。結局「美しい風習を育てつつ」と改めました。まさに日本の伝統が否定されたのです。

【ポイント4】GHQの対応
①建国記念の日を認めず
②法案文一部削除を要求 「正しい伝統を守り」→「美しい風習を育て」


この事例を考えれば、GHQ占領の本当のねらいは明らかです。表向きには、日本の民主化といいながら、日本国民の意志よりも自分たちの思惑を優先させていたのです。彼らは、日本が二度と脅威にならないために、我々日本人を精神面から作りかえようと考えていました。これを精神的武装解除工作と言います。占領の真のねらいは、日本人がこれまで大切にしてきた歴史や文化、伝統を断ち切らせることだった。結局、占領とは形を変えた戦争の継続なのです。

【ポイント5】GHQ占領の真のねらい
精神的武装解除…日本の文化・伝統を断絶


結局、占領下の特殊事情でやむなしと、国会は法案を成立させ、国民の祝日が制定されました。GHQの占領のもと定められた9つの祝日を確認しましょう。
 1月1日   元日
 1月15日  成人の日
 3月春分日  春分の日
 4月29日  天皇誕生日
 5月3日   憲法記念日
 5月5日  こどもの日
 9月秋分日  秋分の日
 11月3日  文化の日
 11月23日 勤労感謝の日
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