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飯島利一

Author:飯島利一
授業づくりJAPAN(日本の誇りと歴史を伝える授業づくりの会)は独立国日本の再建を志す教師の会です。誇りある日本人を育てる授業を実践し、全国の同志と支え合います。国を思い先人に感謝し卑怯をにくむ日本人、日本人の自由と真実を守るために戦うことのできる日本人を育てます。

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◎どんな人物でしょうか
次の写真の人物を、誰だか知っていますか。日本ではほとんど知れていないのに、欧米をはじめ海外の教科書にでてくるような著名な日本人は結構多いのです。歴史上のどんなことをした人物でしょう。写真からうけた印象を述べて下さい。
(「佐久間勉」と板書、生徒に写真の印象を聞いたあと、次の資料を読む)

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◎アメリカの教科書に登場した佐久間勉
「ニューヨークタイムズ」の記者で、ピュリッツアー賞を受賞したハンセン・ボールドウィン(Hanson Baldwin)という作家がいます。

氏は、軍事評論家でもあり、一九五六年に『海戦と海難―七つの海の真実の物語』(SEA FIGHTS AND SHIPWRECKS)を著しました。その本のなかで、佐久間勉という日本人を紹介し、全米で話題となりました。これがきっかけとなり、佐久間勉のエピソードが、カリフォルニア州の高校教科書「リーダーシップ」で取り上げられたのです。

佐久間勉は、明治十二(一八七九)年九月十三日、福井県若狭町に生まれました。明治二七(一八九四)年に日清戦争が起こり、中学三年だった佐久間は海軍に憧れ、海軍兵学校への志望をかためます。その後、中くらいだった成績を向上させ、懸命に勉強して、難関の海軍兵学校に入りました。

海軍の将校となった佐久間は、戦艦「吾妻」などに乗艦して、日露戦争に従軍しました。その後、佐久間は当時最新の兵器として開発に期待がかかっていた潜水艇を研究することになりました。大尉に昇進すると、国産初の第六号潜水艇の艇長に任命され、潜航実験・訓練に取りくむ毎日を送ります。

そして、明治四十三年四月十五日、佐久間は運命の日を迎えるのです。


◎第六号潜水艇の事故
佐久間勉はじめ十四名の乗組員は、この日もいつものように、第六号潜水艇に乗り込み、潜航実験のため、瀬戸内海の新湊沖へ出ました。

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第六号艇は、米英製にくらべて形も小さく、性能も貧弱で、波に耐える力が弱く、「ドン亀」と呼ばれていました。そのため操作が難しく、乗組員はみなベテランばかりでした。

午前十時頃から、現場では半潜航という訓練に入りました。半潜航というのは、潜水艇を水中に入れ、通風筒の先だけを海面上に出して、海上航走します。ところが、その時どうしたことか、突然通風筒から、どっと海水が入ってきたのです。佐久間は、ただちに通風筒のバルブを閉じるように命じましたが、悪いことが重なります。開閉バルブのチェーンがはずれてしまったのです。佐久間はすぐに手動で閉めるように言いましたが、チェーンほど速くはいかず、海水が容赦なく艇内に入ってきました。

必死で閉め終わったときには、すでにかなりの海水が艇の後部に入りこみ、配電盤もショートして、艇内は真っ暗になってしまいました。その上、ショートによって絶縁体のゴムが焼け、悪臭のガスが発生して、乗組員の呼吸を困難にしていきました。

その間、第六号艇はどんどん海の中へ沈んでいきました。艇内に侵入した海水が予想以上に多かったのです。佐久間以下乗組員は、手動ポンプによる排水を代わる代わる懸命に試みました。しかし、一向に艇は浮上する気配を見せません。焦る乗組員を、佐久間は大声で励ましながら、少しでも潜水艇を軽くしようとガソリンの輩出にあたります。が、そのパイプは無惨にも破れ、裂け目からガソリンが床に広がり、鼻を突く臭気が息苦しい機関室に立ちこめました。

苦しい呼吸の中で乗組員は、パイプに布をあてガソリンの流入を止めようし、別の者は手動ポンプで排水作業を続け、みな懸命に力をふりしぼりました。しかし無念にも、潜水艇は海底に沈んで止まってしまいました。深水計は五十二フィート(約十六メートル)を示し、全く動きません。空気はしだいに薄くなってきます。乗組員十四名は全員、死を覚悟しなければなりませんでした。

〈問題1〉
「このとき、乗組員たちは、どのような行動をとったでしょうか、考えたことを書いてください。もしあなたが彼の立場だったら、どうするかということでもかまいません。


(以下、○印は生徒のおもな回答)
○冷静ではいられず取り乱してしまう。乗組員たちを励ますが、だんだん絶望してパニックになっていく。平常心は保っていられない。焦って何もできない。

○最期まで排水したりしてあきらめない。艇長としてみんなを励まし続けると思う。何か起こることを期待して最期まで頑張る。無理とわかっていても死ぬまで懸命に排水作業を続ける。乗組員を励まして最期まであきらめないように言い聞かす。

○自分だったら海底に沈む前に潜水艇から脱出する。どうにか外にでられるようにもがく。死を覚悟して外に出て助けを求める。助かる方法を考え試してみる。十六メートルなら脱出しても助かるかも。

○無用に死ぬくらいならせめて最期までかっこよく死にたいと自殺した。酸欠は苦しいので自ら死ぬ。苦しんで死ぬより自分で命を絶とうとする。楽に死ねる方法を探す。

○死を覚悟して大切な人に手紙を書いた。家族や世話になった人に、いつか発見されることを考えて何かにメッセージを残す。遺書を書く。潜水艇の事故の様子をメモに遺す。

○なるべく長く生きられるように静かにする。寝る。海軍にいるのは本望だからそのまま死を覚悟して待つ。落ちついて今までの人生をふり返る。

○最後に奇跡がおこらないか祈る。極力動かないようにして救援を待つ

○不安を紛らわすためにおしゃべりする。のこり時間を好きなように使う。
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